タンビュザヤ方面のバス

モーラミャイン2日目、宿で朝食をとりタンビュザヤへ。

モーラミャインからタンビュザヤまでは、バス、列車または車をチャーターして向かうのが一般的のようです。
バスターミナルに英語表記はほとんど無く、タンビュザヤ行きのバス会社を近くの人に尋ね探すところから始まります。

フィリピンの田舎よりも古そうなバスですが、タンビュザヤまで100円程と格安です。

バス車内

途中で人や荷物の乗り降りがありましたが、2時間弱の行程でタンビュザヤに着きました。タンビュザヤが終点では無いようで、乗務員や隣に座っていた人が教えてくれました。

タンビュザヤの街中

タンビュザヤでは3ヶ所訪れます。日本の慰霊碑、連合軍兵士の墓地、そして泰緬鉄道博物館です。

こちらの慰霊碑は、タイ・カーンチャナブリーにある慰霊碑と同様に、当時の日本軍によって建てられました。連合軍捕虜虐待で有名ですが、作業をしていたのは『ロームシャ』と呼ばれるアジア人労働者が大半を占め、従事していた日本人も割合は少ないものの少なからずはいます。

この地で犠牲となった全ての方々へ合唱。

バス停から慰霊碑までの途中に、泰緬鉄道博物館があります。

入り口で入館料を支払い、館内と屋外にある展示を見学します。
カーンチャナブリーにある博物館よりも小さく、英語とミャンマー語での解説ばかりでしたが、作業の様子や寝泊まりしている環境など、いくつかジオラマ展示があり、ミャンマー人のグループが記念撮影していました。

入り口で入館料を支払い
館内には写真展示が多数
泰緬鉄道起点のモニュメント

連合軍兵士の墓地 “World War Ⅱ Cemetery”

個人のお墓に、それぞれの没日や享年も記載されています。20代や30代が多く、中には19歳で戦死した兵士のお墓もありました。

欧米やミャンマー人観光客がちらほらいました。
泰緬鉄道博物館のように、付近の観光スポットの一つのようです。

連合国側も同様に、多くの若い命が失われたのは悲しいことです。
日本にいると日本人犠牲者について目にする機会はありますが、改めて世界で大勢亡くなったのだと感じました。

タンビュザヤからモーラミャインへ戻り、翌日からパアンにて観光した後にヤンゴンへ向かいました。


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