南方第14陸軍病院関係者/南方第十四陸軍病院戦没者之碑

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第十四軍 陸軍病院の由来

1942年(昭和17年)8月15日 ルソン島マニラで編成される。
病院長 槇田武雄 軍医 中佐以下100名の従事者で開設され、パナイ島イロイロ、ネグロス島、バコロドに分院を設置総勢455名となった。
患者数は600~800名が収容されていたと記されている。
昭和20年4月戦況悪化によりセブ市内よりマンダウエ地区に転進このとき重症患者、歩行不能者は自決、行軍しうるものは自隊に復帰、以降更にリロアン、ダナオを通過、カルメン、タブエランに転進、昭和20年8月18日ボゴで終戦、武装解除時の生存率は最盛期の30%と日本政府編纂の戦史史料に記されている。
各所にある慰霊碑は一部を除き遺族会などの消滅により現地は著しく荒廃しており戦後70年の節目にあたりこの慰霊碑は浄財のご寄進を頂き修復することができた

地蔵尊/塔婆


所在:セブ, ビンセンテ・ソット・メモリアル病院敷地内/ Vincente Sotto Memorial Medical, B.Rodriguez St, Sambag Ⅱ, Cebu city
(座標:10°18’30.2″N 123°53’36.5″E)


【 行き方 】

ビンセンテ・ソット・メモリアル病院までタクシーで訪れることができ、入り口の守衛には『慰霊碑を訪れる』旨を伝えると、病院敷地に入れてもらえます。

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なお、病院関係者のほとんどは慰霊碑の存在を知っていません。

慰霊碑は敷地東端にある “Blood Center” の建物正面に全てあります。

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写真:Blood Center

科目ごと(内科・産婦人科など)にいくつか建物があるようで、慰霊碑を訪れる際、病院関係者にはBlood Centerの場所を尋ねると良いでしょう。

セブ_慰霊碑.png

病院敷地へはいくつかゲートがあり、正面ゲートは病院北側の大通りに面しています。
しかし慰霊碑へはロビンソンというショッピングモールへの歩道橋に近い、東側のゲートから入ると分かりやすいです。

セブ_慰霊碑.JPG

東側のゲートから入り守衛に慰霊碑を訪れに来た旨を伝え、ゲートから左へ屏沿いに向かい左側に慰霊碑があります。

セブ_慰霊碑.JPG
慰霊碑の背後に見えるのはロビンソンと言うショッピングモール
セブ_慰霊碑.png

近くの歩道橋の上から見ると、大通りから塀の中だと分かります。

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駐車している車に隠れ、見落としてしまうこともありそうです。

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