19日に最後の目的地・バゴーにある慰霊碑を訪れ、今回の旅程で予定していた慰霊碑全てを訪れることができました。
24日の帰国までの予備日は、観光地やミャンマーの街を散歩したり、情報を整理しました。

翌20日はミャンマーで有名な観光地、ゴールデンロックへ。

バスに乗って山の麓まで
トラックの荷台に乗り急斜面を登る
道路脇の露店
修復中のゴールデンロック

21日バゴーからヤンゴンへ。
残りは帰るのみという事でしたので、時間を気にする事なくのんびり列車で戻りました。

バゴー駅ホーム

時間を持て余した列車での移動中、ぼーっと今回の慰霊の旅を振り返りました。

『慰霊碑巡り』を始めてから、初めてレイテ以外の訪問
個人としては3年ぶりにフィリピン以外への滞在、初めて訪れるミャンマー

まず、今回多くの慰霊碑を訪れ手を合わせることができ良かった。
同じ日本人として、健康で現地へ足を運べる身として、亡くなった方々を少しでも弔うことができたなら尚更。

そして、現地の方々の協力無くして慰霊碑の維持は難しいと感じました。
戦死された方々や慰霊の訪れる日本人の為にしてくれて、本当に有り難いと思う反面、

「自分たちは現地の人たちの為に何ができるか?」

日本の為にしてくれる人がいる事、それは最低限知っていないといけない。

また、慰霊碑を訪れる目的の為に訪れていますが、人との繋がりが濃い旅だったなとつくづく感じます。

フィリピンでも、タイでもミャンマーでも、初めて会う人たちのお陰で慰霊碑を訪れ手を合わせることができたし、素敵な滞在もできた。

フレンドリーなのはもちろん、
「なんでそこまでしてくれる?」と思うぐらいのホスピタリティ。
(もちろんぼったくろうとする人も少なからずいますが…)

観光を目的でも良いので、ぜひ行って現地の方々と交流をしてみて欲しい!

その旅程の中で少し、時間を設けて慰霊碑を訪問する人が増えてほしい。

今回出会った人達、日本人や現地の人達問わず多くと戦争の話ができました。

「当事国として何をしてきたのか、また何をされたのかは忘れてはいけない。しかし、そればかりに囚われてもいけない」

「謙虚に、過去を忘れず、だが悲観せず、互いの国・個人の繁栄や幸せを目指す」

現地ではこう考える人が多いように感じました。

ヤンゴンセントラル駅舎
ヤンゴン市街地
スーレーパゴダ
食堂での夕食

三度お世話になった宿で2泊しながらヤンゴンを散策し、
23日お昼頃空港へ向かいました。

2ヶ月以上の旅もようやく終わるのか、
と思う反面もう少し旅を続けたいとも。

いや、早く帰国してウェブサイトの記事を作成しないと。
そして日本で慰霊碑や旅のストーリーをシェアしたり、次回の渡航準備もしたい。

ヤンゴンを夜出発し、翌朝帰国。今回の慰霊の旅は無事終わりました。



帰国から半年が経ちましたが当時のメモ・手記など読み返し、ようやく滞在記事を書き終えることができました。
文章に表すことが苦手で、言葉足らず淡々とした文章ですが、慰霊の旅の一例として参考にして頂ければと思います。
(これからそれぞれの記事に加筆もしていきます)

“慰霊碑への行き方の記事” さえあれば当ウェブサイトの目的は果たせるかと思いますが、慰霊巡拝を主目的としない
「観光や旅を目的に現地を訪れる人達にも慰霊碑を訪問してもらいたい」
という慰霊碑巡りを始めた頃からの思いも強くあり、気持ちの面で慰霊の敷居が低くなればと、慰霊の”旅”とテーマにし、慰霊碑訪問以外のエピソードも書きました(むしろこちらの方が多い?)。

『戦没者慰霊碑巡り』
全て訪れる目標を達成するにはまだまだ時間がかかりそうですが、
過去の出来事・亡くなった方々を忘れないよう、慰霊碑を巡る旅は今後も続けてまいります。

これまでご覧いただきありがとうございます。

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