レイテ島は太平洋戦争の激戦地の1つで、8万人近い日本兵が戦死または病死・餓死しました。生き残ったのはわずか数%。

 

当時アメリカ軍を指揮していたのはダグラス・マッカーサー

 

戦前からフィリピンに駐留していて、開戦後フィリピンに侵攻した日本軍に追い出された際の言葉

“I SHALL RETURN”

フィリピン奪回はマッカーサーにとって悲願でもあったのではと思います。

 

そして1944年10月20日、アメリカ軍がレイテ島に上陸し、2ヶ月近くの抵抗の末、日本軍は壊滅。

マッカーサーや他の指揮官が上陸した場所は現在、メモリアルパークとなっていて、マーッカーサー達の銅像が建てられています。

 

私が初めてここを訪れたのが2014年4月、そして2016年7月19日、タクロバンの友人宅に居候していた際に友人とまた訪れることになりました(フィリピン人にとっては気軽に遊びにいく場所みたい)。

 

初めて訪れた時の、あの衝撃をまた感じました

過去のことに触れずとも生きていける現在、だけど無関心ではいられない自分

 

生かされた自分は何がしたい?

まずは手を合わせに行きたい、そしてお参りできる人が増えて欲しい。

 

ここをまた訪れたことで、本格的に慰霊碑を探し周ることになり現在に至ります。

 

どんな自然災害や事故にも合わず生かされた自分、海外に仲間がいて気軽に頼れる環境

自分の使命、いや人生を掛けてやりたいことがこの慰霊碑巡りなんだと思いました。

 

2018年になってレイテ島の慰霊碑を訪れたいとメッセージいただくことが多くなり、少しずつ必要としている方に届いているのだと感じています。

2019年にはフィリピン以外の地域も訪れ慰霊碑を巡り、情報発信を続けていきます。

 

 

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